予備校化する教育?

http://blog.riywo.com/2009/02/27/120733

こんなブログを発見。これから刺激を受けておもうことをつらつら。

そもそも、大学で勉強する気がない奴は、大学に行く必要なんてこれっぽっちもない。

大学が人生の夏休みだと言われるゆえんは、無駄かもしれない勉強ができることであって、無駄に遊ぶためではない。

偏差値が一定以下の大学は、税金を高くしていいと思う。ずいぶん前に、大阪の私学に通う子が「私学にしか通えなくてこれ以上高くなったら勉強できない」みたいなことをいっていたが、本気で勉強したら、公立に行けただろうにとも思う。

確かに、遊ぶことは重要。

中学時代の友達も、遊んでいた人は、偉いところまで行っている。

ただし、彼らがすごいなと思ったのは、彼らは勉強も出来て、遊びも出来ている。
勉強好きじゃねーよ、といいながら、やることはやってるんだから、出世も当たり前である。

大学?とりあえず卒業の資格が欲しくて。という人は、本当に大学に行く必要がないと思う。大学中退者を受け入れる仕組みを作った方が良い。専門学校が台頭した方がいい。就職予備校であれば、ピンポイントに必要なところだけ学べばいいんだから。

で、予備校化する教育機関。

●ピックスの宿題が終わらなくて、学校を休む子が出てきているという。学校のプライドはそれでいいのか?そういう、塾に勉強を任せて恥に思わないんだったら、先生、必要なくない?教室でなかよくやれて、ケンカが起きたときに収められる、町の長老が先生をやればいいんじゃない?

中学に行くための小学校、塾。高校に行くための学校。大学に行くための学校。就職するための大学。

そこに、学ぶ楽しさはあるのかい?(楽しいから学ぶんだけどさ)

私が高校を辞めた一つの原因として、高校に行っても、予備校みたいなので、だったら予備校に行った方がいいんじゃないかと思ったから。学校というのは、予備校じゃわからない実験があったり、余談があったり、勉強の幅が広がって、教科書以上のことがわかるのが楽しいのに、予備校と同じで教科書をなぞっていくなら、高校、必要ないよね。ということで、やめた。全く後悔していない。というよりも、すがすがしく思っている。

なんだろうな、単一化する教育というか、手段としての教育で、そこに、楽しみはない。学びたい!学びたい!という声をだそうものなら、「学ぶのは、手段です。楽しいとか思っちゃいけんのです」と言われているような。

エデュテイメントはキッザニア以外成功していない、という話でこの間盛り上がったが、学ぶことが楽しいのに、エンタテイメントでなくてもよいのじゃないか。ああ、私の意見はとても偏っていることはよくわかっている。だがしかし。

知ること、学ぶことってとっても楽しいんだよって、伝えたい。

伝える人を教育して、空気を読んだ子供が、楽しい空気を読めればいい。

そして、死ぬまで学ぶってすごいことなんだよ!って伝えたい。

この仕事をしだして、学ぶことって、本当に素敵だと思う。その思いは年々強くなる。

なぜかと言われても、良くわからないから、まだ理屈では答えられないけど、学ぶ人って美しい。

予備校化する教育じゃなくて、気づきを楽しむ教育。当面のテーマかも。

しかし、私はどうも話がバラバラに飛んでいく。まあ、テーマがない独り言ブログなのでご容赦を。

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